人間はなぜ死ぬのか

1. 神は人間を「永遠に生きたい存在」として創造した

聖書によると、神は人間を最初から「死ぬ存在」として造ったのではありません。

「神は人に,永遠を思う心を与えた」
― 伝道の書 3:11

人が「いつまでも生きたい」「死にたくない」と感じるのは、偶然ではありません。
それは、神がそのような願いを人の心に組み込まれたからです。

2. 最初の人間は死を知らない完全な生活を送っていた

最初の人間アダムとエバは、完全な存在として創造されました。

「神の行いは完全である」
― 申命記 32:4

病気も老いもなく、恐れや不安もありませんでした。
彼らは楽園に住み、地を耕し、永遠に生きる見込みを持っていました。

「神はご自分の造ったすべてのものを見られた。それは非常に良かった」
― 創世記 1:31

「エホバ神は人をエデンの園に置き,それを耕させ,守らせた」
― 創世記 2:15

神の目的は、人間が地上で永遠に生き、完全な人類で地を満たすことでした。

3. 不従順が死をもたらした

しかし、永遠の命は無条件ではありませんでした。
それは神への従順にかかっていました。

「善悪の知識の木からは食べてはならない。それから食べる日に,あなたは必ず死ぬ」
― 創世記 2:16,17

アダムとエバはこの命令に背きました。

「罪は不法である」
― ヨハネ第一 3:4

「罪の報いは死である」
― ローマ 6:23

その結果、彼らは楽園から追放され、死へ向かう存在となったのです。

「あなたは塵だから,塵に帰る」
― 創世記 3:19

4. 罪と死はすべての人に広がった

アダムとエバは、不完全な状態のまま子孫を残しました。
そのため、罪と死は全人類に受け継がれました。

「一人の人を通して罪が世に入り,罪を通して死が入り,こうして死がすべての人に広がった」
― ローマ 5:12

「だれが汚れたものから清いものを生み出せるだろうか。だれもできない」
― ヨブ 14:4

今日、人が老い、病気になり、死ぬ根本原因は、罪深い状態で生まれることにあります。

5. イエスは人間の死をどう見ていたか

イエスは死を「終わり」ではなく、眠りとして語りました。

「彼は眠っているのです」
― ヨハネ 11:11

さらに、イエスは復活の希望を明確に示しました。

「記念の墓の中にいる人が皆,彼の声を聞いて出てくる時が来る」
― ヨハネ 5:28,29

イエス自身、死者を復活させる奇跡を行い、死が一時的な状態であることを示しました。

6. 神は死を「敵」と見ている

聖書は、死を自然なもの、美しいものとは決して教えていません。

「最後の敵である死は除き去られる」
― コリント第一 15:26

神の目的は、悪人のいない世界で人間が永遠に生きることです。
悪人がいないとは、悪を悔い改めない者が永遠に生き続けることを許さない、という意味です。

7. なぜ神は悔い改めを勧めるのか

神は人が滅びることを望んでいません。

「神は,一人も滅ぼされることなく,すべての人が悔い改めることを望んでいる」
― ペテロ第二 3:9

そのため、神は人に立ち返る機会を与えています。

「神に近づきなさい。そうすれば神はあなた方に近づいてくださいます」
― ヤコブ 4:8

8. とこしえの命を得るために必要なこと

永遠の命は、祈りと学びを通して神とイエスを知ることから始まります。

「永遠の命を得るには,唯一の真の神であるあなたと,あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることです」
― ヨハネ 17:3

9. 聖書は死についての確かな答えを与える

多くの哲学や思想は、死について考察してきましたが、確かな希望を示すことはできませんでした。
一方、聖書は死の原因・意味・解決策を一貫して説明しています。

もし、死・苦しみ・人生の目的について考えているなら、聖書からの考察は大きな助けになります。
その学びは、人生の見方を大きく変えるかもしれません。


罪と死の関係をさらに深く考える

10. 「罪=死」とされるのは、単なる罰ではなく“現実の結果”でもある

聖書で罪は「神の法から外れること(不法)」として説明されます。
その結果として死が来る、という描写は、「神が怒って処罰するから」だけでなく、命の源から離れることの必然として語られています。

  • 罪の定義:「罪は不法」(ヨハネ第一 3:4)
  • 結果としての死:「罪の報いは死」(ローマ 6:23)
  • そもそも命の源は神:「命の源はあなたにあります」(詩編 36:9)

イメージとしては、「電源(命の源)から切り離された機器が止まる」ようなものです。
神は人間に自由意志を与えたので、神から離れる選択も可能になりましたが、
神から離れた状態を永遠に固定すると、命・正義・愛の土台が崩れる、というのが聖書の論理です。

11. 神の目的が「永遠の命」なら、なぜ“悪の排除”が必要なのか

神の目的は悪人のいない世の中で人間を永遠に暮らさせること。
だから罪を犯す人間がいては実現できない。

この論点は、次の2点に分けて考えると整理が進みます。

(A) 永遠の命は「時間が長い」だけではなく、「安全で公正な世界」が前提

永遠に生きても、そこに暴力・搾取・嘘・差別が残るなら、それは祝福ではなく、永遠の地獄になり得ます。
だから神は「悪を止める」ことを目的に含めています。

  • 悪が続くことを許さない:「悪人は永久にいなくなる」(詩編 37:10)
  • 目的の世界:「正義が宿る新しい天と新しい地」(ペテロ第二 3:13)
  • 苦しみの終結:「死はもはやなく…苦痛ももはやない」(啓示 21:4)

つまり、神の目的は「永遠に生きる」だけでなく、正義と平和が保証された永遠です。

(B) “悪人がいない”とは「うっかり罪を犯した人が即アウト」ではない

聖書は、人間が不完全で罪を犯しやすい現状を前提にしつつ、神はまず悔い改め(方向転換)を望むと述べます。

  • 神の基本姿勢:「一人も滅ぼされることなく,すべての人が悔い改めることを望んでいる」(ペテロ第二 3:9)

したがって、「悪人の排除」とは短絡的な粛清ではなく、
悪をやめないことを選び続ける者が、最終的に悪を持ち込めないようにされる、という理解が近いと言えます。

12. 「罪を犯す人間がいては実現できない」—その実現方法が贖いと復活

もし全人類が罪深いなら、神の目的はどうやって実現するのか。
聖書はその答えを、主に二つ示しています。

(A) 贖い(罪の帳消し)—罪と死の連鎖を断ち切る

  • 問題の始まり:「一人の人を通して罪と死が入った」(ローマ 5:12)
  • 解決も一人を通して:「一人の人の従順によって多くの人が義とされる」(ローマ 5:19)
  • 贖いの意義:「人の子は…多くの人のための贖いとして自分の命を与える」(マタイ 20:28)

これにより、神の目的は「罪のない人だけが生き残る」世界ではなく、
罪の問題そのものが解決された世界として実現されます。

(B) 復活—死を最後の敵として取り除く

  • 復活の確約:「記念の墓の中にいる人が皆…出てくる」(ヨハネ 5:28,29)
  • 死の最終的排除:「最後の敵である死は除き去られる」(コリント第一 15:26)

神の目的は、「死を前提にした世界を改善する」ことではなく、
死そのものを取り除くことまで含んでいます。

13. 罪と死の関係を現代的に言い換えると

  • 罪は単なる規則違反ではなく、命の源(神)から離れる方向性。
  • その方向性を放置したまま永遠化すると、正義と平和が崩れた世界が永遠化する。
  • だから神の目的(永遠の命)は、「罪を残したままの永遠」ではなく、
    罪を解決し、悪を持ち込めない状態にすることと一体である。

【補足(追記)】
本文では「罪と死」と「悪の排除」がセットで説明されています。これは「永遠=ただ長生き」ではなく、
「永遠=安全で公正な世界の継続」という前提を含む、という整理に自然につながります。