戦争というと、私たちはつい 「国家の判断」「指導者の野心」「地政学的な衝突」 といった上からの理由を思い浮かべる。
しかし歴史を振り返ると、 どんな戦争も一定数の国民の支持なしには続かなかった。
では、なぜ国民は戦争を支持するのか。 それも、自分たちが利用されていると分かっていても。
この問いに正面から向き合ったのが、 1930年代、アルベルト・アインシュタイン と ジークムント・フロイト の往復書簡 『戦争はなぜなくならないのか(Why War?)』だった。
本稿では、彼らの視点を手がかりに、 国民が戦争を支持してしまう動機と感情、 そして2026年の現代情勢との重なりを考察する。
1. 戦争支持は「無知」や「狂気」だけではない
戦争支持というと、 「洗脳された」「だまされている」と説明されがちだ。
しかしアインシュタインは、 それだけでは説明できないと考えた。
国民はしばしば
利用されていることを感じながらも
それでも戦争に傾く
ここに重要な前提がある。
平時の生活が、すでに耐えがたい場合だ。
2. 「今の不幸」を壊したいという衝動
人は、ある程度の不満には耐えられる。 だが次の状態が重なると、心理は変わる。
- 物価は上がるが収入は増えない
- 将来が見えず、努力が報われない
- 社会から切り離された感覚がある
このとき人は、理性的にこう考え始める。
このまま静かに苦しみ続けるより、
何かが壊れてでも変わった方がいいのではないか
戦争は破滅的だ。
それでも「現状を一度リセットできるかもしれない手段」に見える。
これは好戦的欲望ではなく、
追い詰められた末の希望の歪みである。
3. 戦争は「意味」と「役割」を与えてしまう
フロイトが指摘した核心の一つがここだ。
平時の苦しみは、
- 理由が分からない
- 誰にも感謝されない
- 何の価値も生まない
しかし戦争が始まると、同じ苦しみがこう変換される。
- 国家のための犠牲
- 仲間を守る行為
- 歴史的使命への参加
人間は、
理由のない苦しみより、意味のある苦しみに耐えやすい。
戦争はこの心理を巧みに利用する。
4. 怒りの「出口」としての戦争
不満や怒りは、溜まり続けると人を壊す。
平時ではそれは、
- 自己嫌悪
- 抑うつ
- 無力感
として内側に向かいやすい。
だが戦争は、
- 敵国
- 外部の集団
- 抽象化された「悪」
という正当な攻撃対象を与える。
怒りを外に向けられると、
人は一時的に楽になる。
この心理的解放感が、
戦争支持を「感情的に納得できるもの」にしてしまう。
5. 「分かっていても従う」現実
多くの国民は、こうしたことも薄々分かっている。
- 利益を得るのは一部の権力層
- 犠牲になるのは普通の人
- 戦争は長期的に損しか生まない
それでも支持が起きるのは、
他に出口が見えないからだ。
- 政治に期待できない
- 抗議しても変わらない
- 個人の努力では限界がある
この閉塞感が、
「大きな流れに身を任せる」という選択を生む。
6. 2026年の世界と重なる構造
2026年現在、世界は次の特徴を持つ。
- 物価上昇と生活不安
- 国家間の緊張と分断
- SNSによる感情の急速な拡散
特に危ういのは、
生活不安が外部の敵の物語と結びつくときだ。
- 「誰かのせいで苦しい」
- 「強く出なければ奪われる」
- 「妥協は裏切りだ」
こうした言葉が支持され始めた社会は、
すでに戦争支持の心理的条件を満たしつつある。
7. 戦争がなくならない本当の理由
アインシュタインとフロイトの議論が示す結論は、厳しい。
戦争は、
悪意ある国家だけが起こすのではない
行き詰まった社会で、
希望を失った人々の心が、
戦争を「意味ある選択」に見せてしまう
結び ―― 心から出てくるもの
ここまで見てきたように、
戦争を支える力は、必ずしも国家や指導者だけにあるのではない。
生活の苦しさ、将来への不安、怒りの行き場のなさ。
そうしたものが積み重なったとき、
人の心は「破壊による変化」を希望として受け入れてしまう。
この構造を、イエスは非常に簡潔な言葉で表した。
「心から,邪悪な考えが出てきます。
殺人,姦淫,性的不道徳,盗み,偽証,冒瀆です。」
―― マタイ 15:19
戦争は、ある日突然どこかで発生する災害ではない。
それは、人々の心の中で育った考えが、
社会という舞台に現れた姿にすぎない。
外に敵を見つける前に、
強さを求める前に、
私たちは問われている。
―― いま、自分の心から何が出てきているのか。
戦争がなくならない理由は、
遠い国の指導者の中だけでなく、
私たち一人一人の内側にも存在している。
だからこそ、
平和は制度だけでなく、
心の向きが変わるところから始まるのだと、
聖書は静かに語っている。