死後に意識は残るのか? 現代科学の今

クオリアを研究している科学者たちの絵

人は死んだあとも「意識」を持ち続けるのだろうか――。これは古代から繰り返し問われてきた大きな謎です。近年、科学もこの問いに挑んでいますが、結論は「まだ分からない」と言わざるを得ません。

実際にいくつかの研究があります。たとえば心停止したラットの脳を調べたところ、停止直後に意識に関係するガンマ波の活動が一時的に強まったという報告があります。また集中治療室で死亡した患者の脳波を観測した研究でも、死の間際に夢や記憶を想起する時と似たパターンが観測されました。さらに「死の波」と呼ばれる特殊な電気信号が広がる現象も確認されています。いずれも「意識が残る証拠」と断定できるものではありませんが、死と意識の関係が単純ではないことを示唆しています。

とはいえ、科学が扱えるのは脳波や電気信号など「観測できるデータ」に限られます。主観的な体験そのものであるクオリア――「痛みはどんな感じか」「光はどう見えるか」といった質感――が死後どうなるかは、科学の枠組みでは答えが出せないのです。

興味深いのは、古代の言葉がこのテーマに触れていることです。創世記 2章7節にはこうあります。「エホバ神は地面の土で人を形作り,その鼻に息を吹き込んで命を与えた。すると生きた人になった」。この「息を吹き込む」という表現は、まるでクオリアを持つ存在への転換点を語っているようです。

AIが急速に発達し、知識や知能で人間を凌駕し始めた今こそ、「それでもなぜAIにはクオリアがないのか」「人間にだけある意識とは何か」を改めて真剣に考える時期に来ているのかもしれません。